ますたーの研究室

英詩を研究している大学院生が、日常に転がるあらゆる「大好き」な物事を気ままに考察・研究するブログです。

"Piping down" してくる詩人― ウィリアム・ブレイク『無垢の歌』より「序の歌」

1. はじめに~ウィリアム・ブレイクについて~

本ブログ初めての研究記事は、やはり私がやっているブレイクについて紹介させていただきます。

 

なお、本記事の画像は全て "The William Blake Archive" から引用しています。

 

William Blake (1757~1827)という芸術家は、「イギリス・ロマン派の先駆けとなった詩人」という位置づけが現在の英文学史ではなされている人物です。

 

この人の最大の特徴は「詩人」であったと同時に「版画家」であったということです。彼の作品の多くが「彩色印刷」という彼独自の技法に則って製作されており、絵と詩が一体となって彼の思想と世界観を表現しています。銅板に絵と文字を彫り込み、それに水彩絵の具を着色して重ね刷りすることで制作されています。

 

 

↑彼の作品はこんな感じに絵と文字のハイブリッドとなっています。

 

今回は卒論でも扱ったブレイクの Songs of Innocence and of Experience (『無垢と経験の歌』)(1794)という作品の中から、 (Innocenceの方の)"Introduction" (「序の歌」)という詩を紹介します。

 

2. 『無垢と経験の歌』

実際に詩の紹介・分析に行く前に、まずは『無垢と経験の歌』という作品について補足しておきます。

 

これはブレイクが1794年に製作したものであり、ブレイクの作品群では「前期」にあたります。そして、ブレイクの作品の中で最もわかりやすくポピュラーなものであり、英語圏での人気が高い作品です。

 

この作品は、『無垢の歌』と『経験の歌』という2つの独立した詩集が合わさって成立したという経緯を持っています。ブレイクは『無垢の歌』を1789年に製作しており、そしてそれを単体で出版していました。そののちに『経験の歌』を1793年に作りますが、これは単体では世に出さず、翌年にすでに出版していた『無垢の歌』と合本にし、『無垢と経験の歌』として発表します。

 

これら2つの詩集には「タイトルが同じで内容が異なる詩」や「対をなしていると考えられる詩」があり、さらにブレイクはこの詩集の表紙に「人間の魂の相異なる2つの状態を示す」という意味深な言葉を載せています。ちなみに、先ほどの画像が「表紙」であり、詩集のタイトルの下に小さく "Shewing the Two Contrary States of the Human Soul" と書かれています。

 

先ほど、わざわざ「Innocenceの方の」と書いたのは、『無垢』と『経験』それぞれに "Introduction" があり、詩集全体には2種類の "Introduction" という詩があるためです。

 

なぜ、ブレイクはわざわざ『無垢』と『経験』という二つの詩集を合本にしたのか。

 

それが私の卒論の大きなテーマとなったのですが、それについてもそのうち紹介できればいいなと思います。

 

3. "Introduction" の分析と解釈

William Blake, "Introduction" from Songs of Innocence (1789)

  1. Piping down the valleys wild
  2. Piping songs of pleasant glee
  3. On a cloud I saw a child.
  4. And he laughing said to me.

 

  1. Pipe a song about a Lamb:
  2. So I piped with merry chair,
  3. Piper pipe that song again―
  4. So I piped, he wept to hear.

 

  1. Drop thy pipe thy happy pipe
  2. Sing thy song of happy chear,
  3. So I sung the same again
  4. While he wept with joy to hear

 

  1. Piper sit thee down and write
  2. In a book that all may read―
  3. So he vanish’d from my sight
  4. And I pluck’d a hollow reed

 

  1. And I made a rural pen,
  2. And I stain’d the water clear,
  3. And I wrote my happy songs,
  4. Every child may joy to hear.

 

ウィリアム・ブレイク『無垢の歌』より「序の歌」

  1. 荒れた野原を下りながら
  2. 楽しい喜びの歌を吹いていると
  3. 雲の上に子供を見た
  4. 彼は笑いながら話しかけてきた

 

  1. ねえ、子羊の歌を吹いて
  2. 私は楽しく笛吹いた
  3. 笛吹きさん、またその歌を吹いて
  4. 私は吹き、彼は聴いて涙した

 

  1. 笛を、幸せの笛を捨てて
  2. 楽しい歌を歌ってよ
  3. だから私はまた同じ歌を歌った
  4. 彼は聴いて喜びで涙を流した

 

  1. 笛吹きさん、座って本に書いて
  2. みんなが読めるように―
  3. そうして彼は視界から消えた
  4. 私はうつろな葦を手に取り

 

  1. ひなびたペンをつくり
  2. きれいな水に色をつけた
  3. そして私は自分の楽しい歌を書いた
  4. 子供みんなが聴いて喜ぶように

 

この詩は、4つの行からなる連が5つの合計20行という構成で、各行の文末は基本的に交互韻(wild  と child, glee と me …)を踏んでいる、というかなりきれいな構成を取っています。

 

私がこの詩を好きな理由として、まずは何といっても「読んでいてリズムがすごく気持ちいい」ということを挙げます。

 

頻繁に登場する "pipe" に代表されるような、 [p], [m], [b] という「唇を閉じて発音する音」(両唇音)が詩全体に散りばめられており、それらが読み上げる上で非常に心地よいリズムを形成しています。

 

詩の内容については「羊飼いが子供との遭遇を経て、詩人になってこの詩集を編んだ経緯」について語られており、全体的に素朴で温かみのあるストーリーとなっています。

 

笛を吹くだけでは「聴いて涙を流した」少年が、先ほどの歌に歌詞を載せたら「聴いて喜びで涙を流した」となっているところに、「歌詞とメロディが一体になった歌の力」というものが端的に表現されており、音楽をやっている身からするとなんだか嬉しくなる詩です。

 

↑2ページ目の挿絵。とりあえず「普通の男の子」ではなさそうなのがわかります。

 

さて、ここまで見てきたように「序の歌」は基本的にハッピーで楽しげな世界観の詩なのですが、実はちょいちょい引っかかりが出てくるところがあります。

 

最も顕著なのは18行目の "I stain'd the clear water" で、"stain" は「しみをつける」「汚す」「傷つける」という意味で、あまりいい言葉ではありません。詩を書くためにペンを着色させて書きつけるのは当然なのですが、「きれいで混じりけのない水を汚す」というイメージはこの詩全体の空気感にはあまりなじんでいないような気がします。

 

そのように見てみると、"pluck" "hollow" など、特に後半にかけての部分から「ネガティブな単語」「いまいち割り切れない単語」が出てくることがわかります。詩人が書く段に至ってから、冒頭から続いていた「平和的で温かみのある世界」にところどころしみができたようになっていくのです。

 

もう一つ、重要な問題として「この詩の主人公であるところの、羊飼いの笛吹きから詩人に転向した彼や、どう見ても普通の子供ではなさそうな男の子は何者なのか」ということが挙げられます。

 

詩の1行目に戻ります。"Piping down the valleys wild" と、羊飼いは笛を吹きながら荒野を下りてきていることが語られます。つまり、彼はどこか高いところから今いる場所である荒野へと下りてきているのです。

 

先ほど、「詩人が書くことによって堕落していく世界」のような読みの方向性を少し匂わせましたが、実は最初からこの世界は「堕落した下界」だったと言えるのです。では、いずれも上からやってきているこの両者は何者なのか。色々なことが言えそうです。

 

『無垢の歌』では以降、「序の歌」で詩人に転向した彼が書いた詩を読むという体裁で作品が続いていきます。これに続く2番目の詩は「羊飼い」で、自身の仕事の喜びについて歌っています。

 

また、「序の歌」で子どもにせがまれた通り「小羊」という詩もあり、これはブレイクの中で最も有名であろう『経験の歌』の「虎」と対照をなす作品となっています(いずれ「小羊」と「虎」をセットで紹介する予定です)。

 

↑『無垢の歌』の表紙。二人の子供たちが母親と思われる女性と共に詩集を読んでいます。

 

4. 終わりに

私がこの詩と初めて出会ったのはもう2年くらい前になりますが、今でもたまに口ずさみたくなるくらいお気に入りの詩です。

 

『無垢と経験の歌』はリズムが心地いい詩が多く、またわかりやすい内容の詩が多いので普段英詩になじみのない方でも気軽に手に取っていただけると思います。

 

そのわかりやすさや親しみやすさの反面、『無垢と経験の歌』も研究しようと思えば無限に問題が沸いてくるのが大変なところです。それでも、やはりブレイクは面白いんですよね。絵も詩も独自の世界観があって、どこまでも引き込まれてしまいます。

 

↑"Introduction" 文字テクストの左右で植物がにょきにょきしているのが好きです。